仏教とは

仏教とは、釈尊(お釈迦さま)が説かれた教えです。釈尊は、生・老・病・死という人間の苦悩を問い、その答えを求めて29歳の時に出家されました。その出家の動機となった問いの内容が「四門出遊(しもんしゅつゆう)」の逸話として伝えられています。6年間の求道の末、釈尊は35歳の時ブッダ・ガヤーで悟りを開かれ「仏陀(ぶつだ)」となられました。これを「成道(じょうどう)」といいます。釈尊は、問いに対する答えを見い出されたのです。 仏陀となられた釈尊は、苦悩する人々を救い導くために法を説くことを決意し、サールナート(鹿野苑(ろくやおん))で五人の出家者(五比丘)に最初の説法をされました。

これを「初転法輪(しょてんぼうりん)」といいます。釈尊はその悟りを言葉にして説かれたのですから、仏教とは「仏陀の説かれた教え(仏語)」なのです。

釈尊は80歳で入滅されるまでの45年間、すぐれた医者が病人に応じて薬を与える(応病与薬(おうびょうよやく))ように、苦悩する人々に応じて法を説かれました。これを「対機説法(たいきせっぽう)」といいます。釈尊が説かれた教え(法)は苦悩する多くの人々に応じたものですから、一様ではありません。したがって、釈尊がクシナガラで入滅されて後、第一結集(だいいちけつじゅう)でまとめられた「教説(経)」や「規則(戒律)」もバラエティに富んでいます。しかし、その多くの教えはいずれも、一人ひとりが苦悩を超過して悟りに至り、仏に成る教えなのです。この意味で、仏教とは、仏語を信じ実践して「仏陀に成る教え」でもあります。

弟子の阿難とともに、釈尊は伝道教化の最後の旅をされました。その途中、体調をくずされた釈尊は、阿難に自らの入滅を告げられます。釈尊亡き後、自らの歩む道に不安をいだいた阿難は、

「お釈迦さまが亡くなられた後、私は誰の教えによって悟りへの道に入ることができるのでしょうか。」と嘆き悲しんで質問しました。これに対して、釈尊は、

「阿難よ。嘆き悲しむことをやめよ。親しきものは離れ、栄えるものが衰えることは常に汝に語ってきたことではないか。世は無常にして、生まれたるものは必ず死に至らなけらばならない。」と「諸行無常(しょぎょうむじょう)」の教えを説かれます。続いて、「自らが亡くなった後は、

自らを灯明とし自らを所依とし、法を灯明とし法を所依とせよ。」と教え諭されています。
 

 これが有名な「自灯明(じとうみょう)法灯明(ほうとうみょう)」の教えです。「自ら」とは法という灯火によって照らされた自己自身のことであり、「法」とは自らを照らす法のことです。つまり、法に照らされた「自ら」を依り所にし、その自らを照らす「法」を依り所とするということなのです。
 

釈尊入滅後のすべての仏弟子・仏教徒は、先の阿難の問いを自らの問いとして受け取りました。その意味で、この「自灯明・法灯明」の教えは、時代や地域を越えて、釈尊の遺言の説法といわれています。釈尊入滅後、仏教教団の中に多くの部派(グループ)が生まれました。それは戒律に関する解釈の相違が決定的な要因となったと伝えられています。それだけではなく、教えの解釈の相違もありました。つまり「経」と「律」について解釈を同じくするものが集まって、部派ができたのです。

大乗仏教は、部派の学説を批判し、教え(法)について部派と異なった理解をします。その大乗仏教に思想的根拠を与えたのは龍樹(りゅうじゅ)菩薩です。龍樹菩薩は、釈尊の説かれた「縁起」と「無我(無自性)」を重視し、それを「(くう)」の論理で説き示しました。それを「空の思想(中観(ちゅうがん)思想)」といい、その流れを汲むグループを「中観学派」と呼びます。同じく、「縁起」と「無我」を中心としながらも、「空」について龍樹菩薩とは異なった解釈をし、瑜伽行(ゆがぎょう)という実践を重視するグループが生まれました。それを「瑜伽行唯識(ゆがぎょうゆいしき)学派」と呼び、その大成者が世親(せしん)天親(てんじん))菩薩です。その学派の思想を「唯識思想」といいます。この二つの学派は、釈尊の残された教え(法)についての解釈の違いから生まれたのです。

つまり、一人ひとりにとって自らを照らす教え(法)と自らが依り所とする教えに対する理解や解釈の相違から、多くの部派や学派が生まれたのです。

中国や日本にはいくつかの宗派があります。それぞれ依り所としている経典が異なるからです。それは、それぞれの宗派の開祖(宗祖)が釈尊(仏陀)の残された教え(法)の何を依り所とされているかの相違なのです。

浄土真宗の宗祖は親鸞聖人です。親鸞聖人は『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』を所依の経典とされました。特に、『仏説無量寿経』を真実の教とされています。

釈尊入滅後、インドでは部派や学派が生まれ、仏教が伝わった中国や日本では宗派が生まれました。部派・学派・宗派というグループを通して仏教に聞く、仏教に学ぶとしても、それぞれのグループが仏の教えの何を中心として受けとったのかを知っておくことが大切です。それぞれの開祖・宗祖といわれる方々が何に苦悩し何を求め何を得られたかということが重要なことです。

 資料: 浄土真宗本願寺派 教学伝道研究センターより

 

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