Orange County Buddhist Church
年末によせて
二〇〇七年も師走の月を迎えました。今年も皆さまには公私にわたり色々とお世話に成りましたことを、誠に失礼ですが、この紙面を通してお礼を申し上げます。どうか来年もひとつよろしくお願い申し上げます。
さて、街はクリスマスや新年を賑やかに迎える為の準備にあわただしくなって参りました。
しかし、私は最近どちらかといえば静かな年末のほうがしっくりと楽しめるようになりました。これはやはり私が歳を取ったという証拠でしょう。
そういえば、最近私の話題は、身体や健康のことばかりのような気がいたします。さて皆さまはいかがでしょうか?
お友達などとお話をされる時、自身の体のことや薬、医者などが主になっていないか少し考えてみてください。私はそれらの話題が悪いとは決して申してはおりませんが、たまには信仰や人生についても語ってみてはいかがなものでしょうか?
二〇〇七年も色々な事がありましたが、何んとかこうして年の瀬を迎えられたことに感謝をし、如来さまに静かにお礼を申し上げましょう。
さて、先月号よりの続きであります竹内てるよさんのお話にもどりましょう。
竹内てるよの人生 最終回
十一月号の続きです。
一人息子の手術は、世間がクリスマスや年末だと賑わっている寒い十二月の末に行われました。手術後しばらく続いた昏睡状態から目がさめた息子は、母のてるよさんを見て少しほほえむまで回復しました。
しかし、この病院でも新年の挨拶があちらこちらと交わされる朝、てるよさんの一人息子は息をひきとったのです。
てるよさんはあつい涙をその屍に滲みたらせて、縁薄かりし母と子の生きざまを考え、私のあわれな母もそして、私も私の子供も、ただしばらくとして当たり前の平凡で平和な生活がなかったと思いおこすのでした。
てるよ女史は、新聞の記事に次のように書かれています。
私が今生で一番貴いもの、憧れとするものは、最も平凡にして当たり前の日々の生活である。朝々に水道の水がざっと音をたてて流れ、エプロンをかけたお母さん達が何か大きな声で茶の間の子供たちに話しかけている。
そして、「お父さんを起こしてきなさい」とお母さんが子供に言いつける。一方では子供たちを学校に送り出す準備に朝はお母さんは忙しい。しかし、その姿は、ドレスを着て光芒の中で踊っている女たちよりもどんなに美しく貴いことだろう。
籠いぱいの洗濯物を洗い、太った赤ちゃんのお尻に洗いだちのオムツをあてることが出来たら‥‥。「ご飯ですよ!騒いでいないで、早くいらっしゃい」と大きな声で云う事が出来たら‥‥。
子供たちが集まりゲームに熱中し、大声でやりとりをしている時、女の幸せはその子供の声から果てしなく未来へひろがって行くと私は思われてならない。
今月はガス代が少し高かった。電気も節約しなければ、どこのレストランの味は安くて美味しい。どこどこの店は品物が悪い。いや、高いとかそんな話し合いが出来る家庭は、本当に幸せな毎日なのではないか。
子供は未来をめざして、いつも可愛い丸こい足でかけ走り、髪の毛は日光を吸ってキラキラとかがやく。遊びつかれると母たちの胸にすりついて来る。
また、父と子との会話を台所で何となく聞いている時、何よりも私を楽しませてくれる。そんな当たり前の日常ごとの中に人生の何物にもまさる一つの生きざまを感じる。
健康で手足が動いて、ものが見えて、今日があり、明日のある生活の幸せは一体何に例えて賛美したらすむであろう。当たり前でありがたい。平凡で平和でありたい。そう願いながら、かなわなかった私たちの心からの尊敬と愛とをどうぞ、お受け取り下さい。
と竹内てるよ女史は、我々にそう願いつつこの文章を閉じておられます。
私たちはややもすれば「山のあなたの空遠く 幸い住むと人はいう」という詩にもあるように、幸福はどこか遠くの方にあって、それを求め追っているのではないだろうか。
それはあたかも虹を手中につかもうとすることに似ている。本当の幸福は、実は貴方の一番そばにあるのではないでしょうか。
合掌 宮地
December 2007
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