Orange County Buddhist Church

百丈禅師

 「一日作ざれば、一日食らわず」

この言葉は禅の高僧、百丈という禅師が『伝燈録』に記したものです。

百丈禅師は、『百丈清規』という禅堂生活の規則を作った方であり、〈普請〉という精神を主張された方です。

普請とは、他の人と共同で働く場合、そこには上下の位がなく、皆平等の立場にたって働くということです。

それぞれの分野や責任が違っても、仕事を平面に並べて実行することなのです。

もちろん、仕事を指示したり模範を示す人はいても、〈分け合う〉という心で仕事をするのです。ボスやチーフが大勢いると、古い諺のように〈船頭多くして舟、山に登る〉であります。

さて、話を百丈禅師にもどしますと、百丈禅師はとても自分に厳しい方でありました。

しかし、多くの人から敬われ、弟子からも尊敬されていました。

百丈禅師はかなり高齢に達し、弟子から「老師」と呼ばれるようになっても、自ら率先して労働に携わっておられました。

この日も老師は、朝早くから黙々と畑の仕事に励んでおられました。弟子たちは、老師の体を心配して「この仕事は、私たちがやります。今日は太陽も強く、田の稲を刈ることは大変な重労働でございますから、どうかお休みになって下さい」と進めました。

しかし、そんなことぐらいで、田の仕事を止める老師ではありません。

翌日もまた暑い日でした。禅僧たちは、早朝からの座禅をすませ、一同が畑の仕事に出る支度をしている時、弟子たちが相談をし、老師の畑の仕事に使う道具(鎌・鍬)から作務衣(仕事着)まで、全部隠してしまったのです。

これでは、さすがの老師もこの日は畑に出られず、寺内の掃除を一人でしておられたのです。

弟子たちは、畑から帰って来て食事をいただいたのですが、老師は食事をとらなかったのです。

一人の弟子が、老師に「なぜ、老師は食事をなさらないのですか?」と尋ねました。その時老師は、冒頭に書いた句、すなわち「一日作ざれば、一日食らわず」と返事をされたという事です。

この作とは、何も田畑の仕事だけではもちろんありません。一般の労働・仕事のことなのです。

百丈禅師は、畑の仕事道具を隠された日は畑仕事は出来なかったのですが、お堂の掃除などはされたのです。しかし、禅師の気性からしてみれば、食事は出来なかったのでしょう。それ程徹底して自分に厳しい方だったのがうかがえます。

ロシアの有名な政治家であるレーニンは、次のような句を叫びました。

「働かざる者は、食うべからず」

これは、百丈禅師の言葉と似ていますが、この句の内容の心は、全く違うものなのです。

禅師の言葉は、自分自身に向かって戒めている句でありますが、レーニンの言葉は、他の人に向かって責めている句なのです。

レーニンの言葉を病人や老人など、働けなくなった人たちが聞いた時、一体どんな気持ちになるでしょう。

働くということは、自分の最善を尽くすということであり、年令・能力・環境などによって、人はそれぞれの仕事があるのです。

働くということは、なにも肉体労働に限ったことではなく、他の人の心を耕すことも大切な仕事なのです。

浄土真宗の流れを汲む私たちの仕事は日常の仕事はもとより、人さまのお手伝いや、その他に《和顔敬語》、やさしい笑顔・やさしい言葉を人さまに与えることは、世間を明るく、楽しくする第一歩の仕事なのです。

しかしもう一つ大切なことは自信教人信であります。自己の信仰を深めるとともに、他の人々にお念仏を伝えていくことが大変意味のある仕事となるのです。

それは決して難しいことではありません。例えば仏教会のお参りを家族やお友達をお誘うこと、又あなたが仏さまに向かって心から合掌する後ろ姿は、尊いご教化であり、「福田」を耕すお仕事をなさっているのではないでしょうか。

             合掌    宮 地

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