Orange County Buddhist Church
お地蔵さま その2
先月、六月号の法話は「お地蔵さま」第一回でした。お地蔵さまは、仏教の菩薩さまであります。地蔵菩薩には子安地蔵・六地蔵・延命地蔵などがありますが、子供を護る菩薩さまとして崇められています。
さて、先月の続きであります「地蔵和讃」をご紹介しましょう。
地蔵和讃
実に頼みなき幼児が
むかしは父の手枕に
母に添い寝の幾度の
笑みを賜ふのみならず
荒き風にも当てじとて
綾に錦に身をまとひ
梅や桜の花よりも
その慈悲浅からず
然るに今の有様は
身の単なる着物さへ
泣く泣く親を慕ひつつ
朧に見ゆる河原をも
数も限りも荒砂の
上に集まる幼児が
小石小石を持ち運び
これにて廻向の塔を組む
哀れなる哉幼児が
立廻るにも拝むにも
唯父恋し母恋し
恋し恋しと泣く声は
此の世の声とは事変り
悲しさ哀れさ骨も身も
砕けて通るばかりなり
親は子の苦を露知らず
今日は七日や二七日
四十九日や百ヶ日
追善供養のその暇に
残せし着物見ては泣き
手遊び見ては思い出し
健全な子供を見るにつけ
なぜ我が子は死んだかと
歎き悲しむ哀れさよ
児は河原にて此の苦労
一重積んでは父の為
二重積んでは母様と
さも幼なる手を合し
礼拝廻向ぞ賢らしや
三重積んでは故里の
兄弟我が身と廻向する
昼は一人で遊べ共
日も入相の其の頃は
地獄の鬼が現れて
幼き子供の前に立ち
やれ汝等は何をする
娑婆を思ふて甘へるか
ここは冥土の旅なるぞ
娑婆に残りし父母は
追善供養いたせども
ただ明け暮の歎には
酷や悲しや不憫やと
親の歎きは汝等が
苦患を受くる種となる
必ず我を忘るなと
黒鉄の棒を振りまわし
積んだる塔を押し崩す
持ちたる花を奪ひ取る
またも積めよと責めければ
幼児余りの悲しさに
紅葉の如き手を合し
許し給へと伏し拝む
然れど無慈悲の鬼どもは
汝等罪なく思ふかや
母の乳房が出なければ
泣く泣く眠りなす時は
八万地獄に響くなり
また父上が抱くとき
母を離れず泣く声は
天地奈落へ響くなり
云ひつつ鬼は消え失せる
峰の嵐の吹くときは
父が呼びしと起き上り
水の流れを聞くときは
母が呼ぶかと走せ下り
辺を見れど母もなし
誰とて添乳なすべきぞ
西や東をかけめぐり
石や木の根に躓きて
手足に血汐染めながら
幼な心のあじきなさ
砂をつきつつ石枕
泣く泣く眠る折柄に
またも清涼き風吹けば
皆一度に起きあがり
又もあたりを泣き歩く
あれ情なや恐しや
この和讃はもう少し続きますが、来月八月号に記載させていただきます。
合掌 宮 地
July 2007
![]()