Orange County Buddhist Church

お喋り

ある湖にいつの頃からとも知れず棲んでいた古い亀が今までかって経験したことのない永い日照りが続き、この湖もすっかり水がなかった。平素満々とあふれる湖の水が涸れてさすがの古亀もこれには全く閉口して、どこか水はなかろうかとあちこち探しまわったけれども自分の力では遠方にも行けず、どうしても水を見つけることが出来なかった。亀は万年まで生きられると予想していた自分の命も次第に希望を失い気力も体力もすっかり衰えた。

ところがある日のことである、バタバタと羽の音がして、どこからともなく一羽の大きな鶴が飛んできて、湖の辺りに降りたのである。亀は喜んだ、これこそ天使の降来と元気の失せた身体をやっと支えながら鶴のそばに歩み寄った。そして亀は鶴に湖の惨状を訴えて死を待つばかりの自分をどうかこのどこか水のあるところへ連れて行ってもらえないだろうかとたのんだのである。

幸いに鶴は、情け深い心の持ち主であったので亀の訴えを聞いて大変あわれに思い快くその願いを聞き入れた。

やがて鶴は亀を口にくわえて空高く舞い上がった。野を越え林をよぎり、町を過ぎた亀はこんな高く上がったことは初めてだけに色々とめずらしかった。

亀は一人でしゃべり続けた。ここはどこか、あれはなにか、あそこにいる人間は何をしているのかとしきりに鶴にたずねた。

鶴はだまって目的の池まで飛びつづけた。しかし亀はおしゃべりを止めずに、空から見える丘や、そこにいる動物の動きのかっこうがおかしく一人で笑っていました。しかし遂にがまん出来ずに鶴にたずねた。

あそこにいる猿たちは一体何をしているのだろう。猿のお尻りと顔が赤いのが亀にとってはとても滑稽でしたので、亀は鶴に、猿はどうしてお尻と顔が赤く滑稽な動物なのかと訪ね続けた。

鶴はそれまで亀のお喋りに頓着なく黙って飛んでいたが、あまりしっこく猿のことを悪く云うので鶴はついうっかり

「あのさるの顔とお尻の赤いのはね・・・」と返事をした。

そのとたん、亀は身体は鶴の口をはなれてまっ逆さまに丘のなかに落ち岩の上にたたきつけられて死んでしまった。

せっかく猿は鶴に水のあるところに連れて行ってもらい命が助かるところだったのに、あまりにもしゃべり続けた結果、命を落とし、その猿たちに自分の肉を食べられたのです。

これは仏教の古いたとえ話で、お経に出てくる話ですが意味深い教えです。

亀がしたことは私達日常によくすることに似ています。人の欠点・自分と少し違うところを人から見つけだすと興味深々で他の人に喋ったり、聞きたがったりします。

この話は亀は猿を笑いものにし、それを鶴に喋り続けました。その結果、自分は丘の岩に背中を強く打って死んだのです。

人の欠点を笑いものし、それを人と得意になってお喋りをするとその結果は必ず自分にかえってくるのです。私たち日常のなかでついついこの亀になっているのではないでしょうか。

合 掌    宮 地

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